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武士の一分

武士の一分


テレビで(武士の一分)を見た
書くまでもないが
時代、環境、全てが今とは異なる田舎武士のはなしであります
登場人物は少ない
セリフも少ない
彼らは最後まで
一言か二言をしゃべっただろうか、そう思うほどだ
簡潔なセリフの中に
言葉の力を感じる
凄いことだ

ドラマでは
私たちの日常では起こり得ないことが次々と起こる
仇討ち、即断する離婚、にわか盲人の剣術、その勝利
しかし
見終わった後に
戸惑はない
むしろ
納得した爽やかさが残る

勿論
ドラマにははじめから
登場人物の役割分担がハッキリ決まっているのだろう
ストーリーの運びに
迷いはなく、中心もぶれない
観ている側としては、すこぶる居心地がいい
出来事や動作は安定感があって美しい
わたし達は
流れについていくだけでいい
ソレなのに、最後まで、強引さは感じない
ドラマは進行していく
さばさばとそして時にはしっとりと。。。
ドラマの展開はリズムに乗って進んでいくかのようだ
ぐいぐいと引き込まれていくのがわかる
結末も近づき
事件が解決に向う
主人公の苦しみも
妻の悲しみも
淡々と描かれている

折々に出てくる
主人公の食事の場面は、いつも貧しく質素だった
質素な中にこそ、ごまかしのきかない夫婦の味というものがあるのだろうか
ここをドラマの第2のクライマックスに据えたのはおもしろかった
貧しい食事風景を見なせがら、主人公は現役時代
お毒見係だったんだと確っかり思わせる

よく出来た時代劇は楽しい
全体にいい映画だった
どうしても、書き残したい事がある
徳平が特に凄い役者だと思ったことだ。格好よかったなあ!
かわいらしかった(ちょっと、変な表現だが。。。)
あんな役者がいたなんて。。。
とにかく素晴らしい!
(笹野高史という役者さんだ。あんまり感動したので名前を覚えてしまいました)
さて
スッキリと観終わったあと、ふいに自分にとっての一分を考えてみたくなった
一分(いちぶん)”とは、人が命をかけても守らなければならない名誉や面目のことを言う
さて
わたしの一分とは?
うーん、やはりというか
勿論
すらっと答えは出ない
すぐに答えがないのは
自分が
ノンビリボンヤリ、生ぬるく生きてきたというわけなのか

強いて言えば、それは
愛する人達(家族)を守ることかなあ
どんな時でも私の心は家族から一歩も離れないのは事実だ
一歩もね
はなれたくも離れられないのだ
そのせいで
時々
自分は自由をまだ手に入れていないのかもしれないと思うことすらある
どうして離れないのか
臆病なのか。。。
なにかが怖いのか。。。
これはただ女性の本能、巣を守るという本能なのか。。。
わたしにとって
家族を守る事以外に一分はないのか
ならば
家族がなくなったらどうするのか
(失う事だってあるぞ。。。)
又新しい家族を探すというのか
家族とは一体全体何なのか
わたしと家族とを結んでいるものは何なのか

沢山考える事があるのに気がつき
驚いている
楽しく見終わった後
こんな風にして自分を見直すことになろうとはね。。。
答えはあるのだろうか
爽やかさの後に残るものは。。。
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by artartart100 | 2007-12-31 01:08

満足感

満足感


人様のお役に立てるのが喜びです

よく聴く言葉だ

見返りを一切考えないで人様のお役に立てること

を喜べる人がどれほどいるのだろうか

人が、差し出された手にすがる時

まず、思い描いていたようには、感謝してはくれないはずです

むしろ、なかには

下げるべき頭を、轟然と上げたままの人だっているだろうし

2度3度と続く感謝の状態に嫌気が差し

むかつくようにこちらを見る人もいるのは当然のことです

それは、当たり前のことなのです

誰だって幸福を分け与える側の人になりたいに決まっているからです

勿論そこには

やきもちだってあるだろうし、これっポッチしかくれないの?って思ったりするかもしれません

いつもいつも、与えられる立場にはいたくないというのが根本にはあります

理不尽なのです

何もしてくれない人に対してより

何かと面倒を見てくれる幸せそうな人に、面白くない感情を持つのは

悲しいことですが

事実です

したいからそうしている

本心で言えますか?

相手に感謝をミジンも求めてはいません

はっきり、そう思えますか?

させていただくことが満足という喜びをすでにいただいているからです

その通りなのです

以上のように

心をいつも整理していなくては

人様のお役には立てません

中途半端は火傷のもとです

大きな喜びや満足感を得たいのなら

基本をきっちりと押さえなくてはなりません

それを忘れては

どんな小さなボランティアも継続できません

わがままな自分との自問自答を文字にして戒めております
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by artartart100 | 2007-12-29 19:13

寝付けない夜

寝付けない夜

2時半が限度
ここのところ
寝つきが悪い
イライラをごまかし、ベッドから降りる
階下に行く
水を飲む
パソコンに向うが落ち着かない
明日どうしよう
体調悪いぞ~
頭は冴えているが
手足が力ない
体が冷えちっとも楽しくない
寝に戻るか~
雨の音が
騒がしい
ただ文字だけが残る日記
もう
12月29日だ
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by artartart100 | 2007-12-29 02:33

ボクシングデー

ボクシングデー


12月26日、クリスマスの翌日シドニーでは休日
聞いた話ではクリスマスの翌日休日なのは、クリスマスにも働く召使達に家族と過ごすために休日をプレゼントすることから、始まったと言われている
名前の由来は
教会では善意で集まったプレゼントの入った沢山の箱を、ラッピングを解き貧しい人のために開ける日であったことからBOXING DAYとよばれたそうである。
今では私たちが
カードやプレゼントを届けてくれる郵便配達員に感謝の意を表明する日となっているのだ。
さて、
シドニーに着いてまもなくのわたし
本日は休日、ボクシングデーと知った
夫は日本の企業の会社員なので、勿論、出社
残った私と子供は首をひねるばかり
何故休日なのかも分からない
ボクシングデーというからにはまあ、スポーツの日かしらぐらいに
想像するしかありません
しかし、
街では何故かバーゲンセールをしている
わけがわからない
まっいいかと思ったとき玄関で出会った
アパートの管理人さんから答えを聞くことになったのだ
(郵便箱に何かしらのプレゼントを入れておくといいですよ
ポストマンにプレゼントする日だから)とにっこり、
なぞが少し解けた思いだった
が、しかしそのトタン
(まずいぞスポーツの日ではない。勘違いだった~)
もうすでに、オーストラリアはスポーツの国だからねともっともらしく息子には
言ってしまったたような気もする
笑うしかない。。。
ま、しかし
いい加減さと好奇心モリモリのいつものわたしに戻るのもはやかった
プレゼントをボックスにいれ郵便配達人を待った
いつもより足取りも軽く彼はきた
背が高いかれは普段は真面目な顔つきをくずさない
しかしその日に見せた顔は違っていた
笑顔 嬉しい顔 誇らしい顔 、その全部が混じった顔といったらいいかな。。。
アパートのレターボックスを一つづつ丁寧に開けプレゼントを取り出す
肩から提げた空の大きなバックにそれを詰め込む
住人に会えば
飛び切りの笑顔で礼を述べ、幸福を~と会釈する
勿論私にもだ
私と言えば
その日が何のためにあるのかまだわからないままだったのだが
その時
彼の存在が幸せのシンボルとして浮き上がって見えたのは事実だ

彼のその笑顔を思い出すとき、26日のボクシングデーの存在を
楽しく思い出す
日本にはない一日だ
便りやプレゼントを運んでくれる
ポストマンに改まって、感謝をする日
ちょっといい一日のことを、思い出すままに書いてみました
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by artartart100 | 2007-12-28 12:09

遅れてきた形

遅れてきた形

絵を描いている間、気づかずに量を追っていたのではなかろうか
量を追いかけるだなんて
工芸の世界では考えられない事なので
自分のしてきたことがハッキリそうだと分かったとき
本当に途方にくれてしまった
大げさに言えば
過去という、はしごをぱっとはずされた思いがしたのだ
いままで
彫刻 絵画 工芸と
懲りずに魅力を感じたものに飛びついてきた
在る時期、魅力を感じなかったものが
急に親しげに感じられたりもする
生きていくということは不思議を生むのだ
子育てや、夫の転勤に沿っていくというわたしの
生き方そのものが感性にも現れているのだろうか

自分の絵をみなおすと
驚くほどの力で形を無視しながら
存在の量を追いかけている
その作品には
量に苦しんでいるのがはっきりと見え、我ながら痛いたしいほどだ
絵で求めていたものは
実は彫刻で探していた量だったのだ
形の存在を感じていたい、今
毎日
花をじっと見つめている
かたちの魅力と
量のすごさは同時に表現できるのだろうか
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by artartart100 | 2007-12-27 18:41

パソコン周り

パソコンまわり


わたしのまわりで
今年の最高の事件は、パソコンが登場したことだろう
無理の一言で敬遠していたパソコンだが
目の手術によって与えられた第2の目が
わたしにプレゼントとしてパソコンを与えてくれたのだ
勿論、息子に教えられなかったら
とうに
投げ出していた事だろう
ソレも含めて
わたしの努力も認めた上で、事件だったなあと思う
知ると知らぬでは
こんなにも世界が違う
知りたいことがあればなんでも教えてくれるのが
パソコンだと思う
しかし
肝心なのは
パソコンでなにがしたいのかという一言につきるのではないか
パソコンをただの箱のままにするもしないのも
自分の要求のままなのだ
私自身知りたいことや、やってみたいことが
山盛りあることが分かったのも大事件だった
感謝の意を込め
パソコンまわりの整理を始めた
今年の
シメはパソコン周りの整理にしようと思う
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by artartart100 | 2007-12-27 13:25

シクラメン

シクラメン


お正月が近づくとどうもそわそわする
シクラメンが欲しくなるのだ
毎年球根をダメにしてしまうので
こりごりの花ではある
お隣さんでは10年ものを大切に咲かせているというのに
わたしは
毎年夏になると球根を腐らせる
ガッカリを通り越して自分の中では
これが当然のことになってしまっているのが恐ろしい
本当に、我が家のシクラメンの運命は悲惨
だから
もう買うのよそうと毎年真剣に悩む

和名を
篝火草という此花
名前も気に入っている
ところが最近になって別名を知ることになり驚いた
その名も豚の饅頭
これは球根の形を指しているそうだ
調べると面白いのは
此花にはソロモン王の伝説もあって
王が自らの冠のデザインをシクラメンに決め
それについて
シクラメンにお礼を
述べると、シクラメンは、恥じらいと嬉しさで俯いてしまった
というものだ
そのようにして見ると
俯いて咲くその姿
かわいいと言う一言では尽くせない味がある
今年は
いろいろな色の中
迷いに迷ったあげくに
ピンクと赤の鉢2つを求めた
毎朝、
めざめると
シクラメンが出迎えてくれる
俯いたその可愛い姿が
今日の喜びを
与えてくれるような気がする
シクラメンのかほりと言う歌のおかげで
現在
此花の香り付けが研究されているそうだ
ある種のものには
すでに香りがあるそうだ
どんな香りが似合うのか。。。
楽しみにしている
勿論
わたしの今年の花には
まだ
香りはない
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by artartart100 | 2007-12-27 13:05

関係

関係

そんなの関係ない。。。

流行のセリフだ

人が

関係をことさらに振り払うのは

関係がいかに大切かを知っているからだろう

生きていく上で

一番大切なものの

一つは

まちがいなく

関係だと思う

自分と他者との関係を

いかに

考えるかで

自分の生き方がみえる

他者だけではない

事柄もだ

多分

これからのわたしの

テーマは

全てのことの

関係を整理して考えて行く事だと思う
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by artartart100 | 2007-12-27 11:29

動く

動く


じっとしているのが好き

うずくまっていると

落ち着くよ

落ち着いて微笑んでいると

なにもかもがやさしくみえるよ

目を上げると

人が動いていて

わたしは小さくなったり大きくなったりして

自由自在だ


動いていると

いろんなことがわたしにぶつかる

いろいろなことは

実に

あざやかに

語りかけ、追い込み、時に、笑いかけたりもする

わたしは

びっくりしてほとんど

傷つかんばかりになる

そして

万策尽きて。。。

作品を作り始める

不思議だなあ~

じっとしているのが

好きなのに

じっとしていると

そのまま

錆びていくような

そんな気がするのだ

だから

動く

不器用にガタゴトと

動く
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by artartart100 | 2007-12-24 23:42

ひまわり

ひまわり

ひまわりが

咲いていた

一杯咲いていた

中の

一つが

鮮やかな

印象に残っている

黄色の

はなびらは全て落ちてしまっている

種がむき出しだ

丸くて茶色い花は

上を向いたまま

風にも揺れない

種が膨らんでデコボコ

それは

まるで

明日の

華やかさを

空にうつして

楽しんでいるように見えた
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by artartart100 | 2007-12-24 14:51



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